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院長便り

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2008年10月8日(水) 金木犀のかおる頃

もう三十六年も前になりますが、校区の公立中学に入学し、全く勉強せずに受けた一学期の中間・期末考査の順位は上から三分の一より少し後ろでした。当時まだコンピューターなどは普及しておらず五教科(国社数理英)の合計点数で学年順位が発表されるだけでした。ただ特殊な進学塾に通っていたので主要三教科(国数英)の合計点は学年で一番か二番であったと思います。社会科が特に苦手だったのですが、五教科を合計すると上位三分の一にも入れなくなってしまうということは、社会科は欠席したに等しい点数だったということです。

しかし、数学満点・社会0点と社会満点・数学0点が同じ順位にされてしまうことを無性に悔しく思った僕は二学期の中間考査の二週間前から社会科を中心に勉強を始めました。

同じ頃母が急に眼が見えないと言い出し入院しました。

見舞いにも行かずテストが終わり答案用紙が返され終わった頃でした。十一月十三日の朝、母が亡くなる夢をみて目が醒めて、いやな気分で登校した午前中、家からの電話で呼び返されました。母は亡くなっていました。翌日葬儀が終わった夜、いつも一緒に通学していた友人が届けてくれたのは早引きした日に持ち帰るのを忘れていた弁当と上位5%に入っていた中間考査の順位表でした。

母親の心配をしながら窓を開けて勉強していた時にそのかおりがしていたからでしょうか、金木犀のかおる頃、充実しているのに寂しい、不思議な気持ちになります。
金木犀のかおる頃、一年経ったことを感じます。

金木犀のかおる頃、空が真っ赤に染まってそんな時刻にこの世をされたらなと思います。

2008-10-08 19:41:00

2008年9月11日(木) 瞼(まぶた)の傷跡

僕の左上瞼には横に10mmくらいの傷跡があります。ところが僕自身、大学に入ったくらいに父親にその傷跡の所以を聞かされるまでそんなものがあることさえ知りませんでした。

 ヨチヨチ歩きを始めた頃、戸外で転んでブリキで切ったそうです。かなり出血したらしく眼球に傷が入ったのではないかと大慌てした親は近所の外科医院へ連れて行きました。

今になってよく見てみると (左瞼だけ閉じて右目で鏡に近寄って見ないと判らないので自分自身気付いていなかったのでしょうが) 10㎜というとけっこうな長さで、これから出血したのだから親は相当驚いたであろうと思います。

 ところがそこの外科医院の先生は「これは縫ったらひきつる。」と言って消毒をしただけで薬さえ出さなかったそうです。父親は消毒するだけなら医者など要るか!と内心腹を立て、本当に大丈夫なのか何日も心配したらしいのですが、結局その先生の診断・処置は最善であったと話していました。

 「少しの怪我くらいでは何もしてくれないどころか、薬も出してくれない。」と軽傷の患者が縫合の一生傷も無く回復できてしまっているのに、受診直後にこんな話を世間に流すからでしょう。その外科医院は待合室が混んでいたことがありません。医者が普通に?やっていれば裕福になっていけた時代にその診療所はリフォームされたことさえありません。

 でも本当に「医療たるもの」を知る人間はこの先生の生き方に称賛の拍手を贈るのではないでしょうか。

 先生、本当にありがとうございました。ビジュアル系ではないですが人並みに見えているとは思います。

 大学生になってから瞼の傷跡の話をした父親の真意はもう確かめることが出来なくなってしまいましたが「本物になれよ」というメッセージではなかったかと受け止めております。

2008-09-11 19:44:00

2008年8月12日(火) 「安らかに眠ってください」

この世の全ての事は見えない糸で縦横無尽に繋がっている。仏教の教えです。

柔道の内柴選手、水泳の北島選手、金メダルおめでとうございます。その周辺の直接関係してこられたコーチ、監督、家族、親戚、姻戚の方々、彼らと同級生であったり、どこかですれちがった程度だけど応援してた人達、そして、そのどれにも属さないけれど日本人が勝ったという理由だけで、決勝の瞬間に「やったーっ!」と声を上げたり目頭を押さえた人達、皆さんおめでとうございます。

人間を例にとっていうならば、崇高なる愛の瞬間、母親の胎内で受精の準備をして待っている一生にたった一個その月に選ばれた卵子に、父親から泳ぎだした数億以上の精子の内たった一個がたどり着き奇跡の融合をとげます。それが無事育って我々は出来上がっています。もしタッチの差で二位になっていた精子が、あるいは予選落ちしていた精子が受精していたらよく似てはいるけれど別人が生まれていたのだと思います。

六十三年前、広島・長崎に原子爆弾が落とされました。毎年八月になると特集番組が報道されますが、被爆により身内の殆どを亡くされた男性が今年話しておられました。
  「日本も原爆開発の研究をしていたことを知りました。日本が先に開発していたら戦争に使っていたでしょう。アメリカに先に開発されて落とされたことは悔しいけれど、日本が加害者になってなくて良かったと思います。」と。本当の悲しみを体験した人のみが得る慈悲の心ではないかと思いました。

原爆投下がなければ平和に幸せに生きられた方々、その人々の結婚した末にこの世に生を受けられたであろう方々、申し訳ありません。あの忌まわしい出来事なくしては、冒頭のメダル獲得選手も、そのあとに連ねて登場した人達も、もちろん僕も含めてこの世におそらくは誕生さえしてきてはおりませんでした。敢えてこの言葉を使うことを許していただけるならば「おかげさま」で生を受け感動ある人生を送らせていただいております。

今、戦後生まれのそうやって生を受けた我々が、その誕生の因果、奇跡に気づいた時、敬虔な気持ちで続きの言葉を誓わせていただこうと思います。

「過ちは繰返しませぬから」         合掌

2008-08-12 19:49:00

2008年7月15日(火) 先入観

火縄銃が日本に伝わった時、刀も槍も矢も届かない間合にいる敵に対する殺傷能力に多くの大名達は目を見張ったに違いありません。しかし一発の弾を発射してから次の弾を発射できるまでに要する時間が長かったため、実戦への応用方法が思い浮かばなかった殆どの大名はそれらを有効に利用できませんでした。
この盲点を上手く突いた織田信長は、火縄銃で三連隊を編成し天下を取ることができました。

この火縄銃を歯ブラシなどの清掃器具だと思ってみて下さい。何か食べるごとに簡単に清掃すれば(もちろん的確にですが)歯科医院に通院することになる病気の殆どにはなりません。ところが多くの患者さんに訊いてみると清掃器具を一ヶ所にしかお持ちではありません。つまり職場を含め出先では「丸腰」でいらっしゃるわけです。これでは十回の分裂で千倍さらに十回の分裂で百万倍になる細菌に勝てるわけがありません。

何の努力をせずとも体質的に虫歯にも歯周病にもならない方もごく稀にいらっしゃいますが、ご自身がそうでないなら、常に「丸腰」にならぬことを実践してみて下さい。つまり歯ブラシは持ち歩くものではないとか、一人に一本であるとか、洗面所の歯ブラシ立てにさしておくものだとか、歯磨き剤を使わなければ効果がないのではないかとか・・・

そういった先入観を捨てることが細菌に勝利する機転となるわけです。

2008-07-15 19:51:00

2008年6月19日(木) 宝物

若い方の中にはレコード盤など触ってみたこともなければ、ましてやターンテーブルに載せてそっと針を下ろしてみたこともない方がたくさんいらっしゃるのではないでしょうか。

しかし我々の世代ではレコードは宝物でした。貸し借りは出来るだけ避けたし、どうしても貸してほしいという人がいたらカセットテープに録音してそれをあげました。(違法ですが)

ところがそれくらい大切に大切にしていても、キズをつけたわけでもないのにホコリをレコードの溝に巻き込んだりすると曲の同じ所で「プチッ」という音が入るようになり、一生の不覚のようにヘコんだものでした。(当時まだヘコむという言葉はこんな風には使われていませんでしたが・・・)

僕は中古レコード店とは縁がありませんでしたが、中古レコード店が買取を求められたレコードの状態の良し悪しをレコードをかけてみないでどうやって判断するかという方法を聞いたことがあります。

LPレコードには中心に直径8mmの穴があいていてそのすぐ周りには曲名等が印刷された紙が貼られています。ターンテーブルの中心の直径8mmの突起にその穴を差し込んで載せる訳ですが、この時にレコード盤の縁をもって突起に紙を接触させながら穴を探す行為を一度でもすると紙に突起の圧痕が付きます。この圧痕の有無を光を当てて確認し、これが付いているものは大切に取り扱われていなかったと判定するそうです。

レコードを大切にしてこられた方なら、自分たちが誰に教えられるともなく無意識に穴と突起とを目で確認しながら探ることなくはめ込んできたこの所作を、中古レコード店が判断方法にすることに「なるほど理に叶っている。」と感じられたのではないでしょうか。

先月、今月とこのコーナーの書き込みが遅れていたことに対し、今年三月のコラムに書いた女性から心配と励ましの意を告げる心温まる手紙をいただきました。

数十万枚~数百万枚発売されたレコードの一枚を宝物だと思う僕は、世界にたった一枚だけ自分のために書いてくれた手紙を何と呼べばよいのでしょう。

2008-06-19 19:55:00

2008年5月27日(火) The Bucket List

古代エジプト人は信じていました。天国の扉の前で神は二つの質問をする。二つともに「はい」と答えられた者だけが天国に入ることを許されると。

「人生に喜びを見つけたか?」

「他者と喜びを分かち合ったか?」

映画 「最高の人生の見つけ方」 の一場面です。

この映画の英語題(本題)である”The Bucket List”は「棺桶リスト」と映画の中では訳されてましたが、「棺桶に持ち込みたい思い出のリスト」という意味ではないかと思いました。

一日を終える時に先の二つの質問を自身に投げかけてみる習慣をつければ「最高の人生」は見つかるのではないかという気がいたしました。

ともに同じ病室で余命六ヶ月を宣告された大金持ちの男と、金持ちではないが実直に生きてきた敬虔な男の二人が、人生でやり残した事を叶える生涯最後の冒険旅行をする映画ですが、実にアトアジの良いものでした。

できれば映画館での鑑賞をお勧めします。

実行していただければ「見ず知らずの人に親切にする。」というリスト項目の一つが達成できたと確信します。

最後にこのコーナーの更新が大変遅くなりましたことをお詫びいたします。

2008-05-27 19:59:00

2008年4月1日(火) タイタニック号

ガソリンに課せられている暫定税率によって徴収された税金がどうにも納得できない使われ方をしているという事実が続々と報道され、これが氷山の一角ならば氷山の本体はいったいどんなものなのかと疑わせるのが主旨であるかのような番組をよく見かけます。こういった報道手法には日本のマスコミの浅薄さを感じます。偉大な事を為した人の過去を調べて小さな汚点があったならそればかりを大々的に報じて全人格を否定してしまいかねない行為にも似ている可能性があるからです。

知事選などの一週間ほど前に「○○候補有利」などという電話アンケートの調査結果が報道されます。これも各候補者のマニフェストを知ることもなく投票に行く人を増やすだけの「刷り込み」にしかなっていないように僕には思えてなりません。

十年前日本で「タイタニック」が上映され話題になりました。映画館で見た日が四月十四日という沈没した日であったことを記憶しています。僕にはラブ・ストーリーよりも弦楽奏者の団長が傾き沈みゆく船の上で最後の演奏を終えた時に「君たちと演奏できたことを光栄に思う。」と仲間に言った台詞が心に残りました。

当時ワイドショーでもこの映画はよく取り上げられました。全く足りない救命ボートに子供と女性を優先的に乗らせ、若い男性の救命ボートへの乗船を断らなければならなかった船員はどう言って説得したんだろうという話題になりました。一人のコメンテーターは答えました。

その男がアメリカ人ならば「あなたは英雄になりたくはないか?」と言えば快くOKしてくれたでしょう。
ドイツ人ならば「そういう規則になっているんです。」と言えば眉間にシワをよせながらもあきらめてくれたでしょう。
では、日本人だったら・・・・・「みんなそうしてますよ。」で簡単に納得してくれたんではないでしょうか。と

2008-04-01 20:04:00

2008年3月6日(木) 手書き文字には魂宿る

             青いエアメイルがポストに落ちたわ
             雨がしみぬうちに急いでとりにゆくわ
             傘をほほでおさえ待ちきれずひらくと
             くせのある文字がせつなすぎて歩けない

「院長先生便り」にお立ち寄りいただきありがとうございます。このコーナーを書き始めたのは平成十八年六月からでした。「書き始めた」という言葉を使ったのは、初めの一年数ヶ月は原稿用紙に毛筆やペンで書いたものをこのホームページを作成・管理してもらっている会社の当院担当の女性に郵送し、入力してもらっていたからです。その面倒な要望につきあってくれていたその女性は「女性の品格」の手本になれそうなよく気のつく素敵な人で、原稿内容に関した感想や意見をメールや時には筆で書いた手紙で贈ってきてくれ、僕は元気や勇気をもらっていました。「もらっていました」という言葉を使ったのは、昨年夏頃から月末ぎりぎりに自分で直接入力するようになってから、手書き文字のやりとりがなくなり、その女性との連絡が希薄になってしまったからです。
冒頭に記したのはユーミンの「青いエアメイル」という曲のでだしです。「くせのある文字」で誰だかわかる友人や恋人がいますか。メールで知り合い、メールでコミュニケーションし、アドレスを変えて別れる。そんな風に生きている人達にこの歌を聴いて何か感じとってもらえたらと思います。

             ときおり届いたこんなしらせさえ
             やがてはとだえてしまうのかしら
             けれどあなたがずっと好きだわ
             時の流れに負けないの
                              と続きます。

2008-03-06 20:06:00

2008年2月9日(土) トルストイの大予言

その国では、手にタコのない人は食事できない決まりになっていた。「手で働かなければならないなんて、ばかげた法律があるもんですね。」タコのない紳士は食事を断られて口をとがらせた。「人間は手だけで働くものじゃない。利口な人は頭で働く。あなた方は、頭で働くほうが手で働くより百倍もむずかしいことをご存知ない。頭が割れそうになることもありますよ。」
王様は言った。「では教えてくれ、いつか手が疲れたとき、頭でかわりができるように。」紳士は承知した。王様は国中にお触れを出し「頭で働く方法を教える。頭で働くことは手で働くより余計仕事をすることができる。」と知らせた。
紳士はやぐらの上に立ち、手を使わずに頭で働く方法を講義しだした。紳士はしゃべり続けた。翌日も、その翌日も。紳士は腹が減った。頭で働くことができるのなら、頭で自分のパンをひねり出すくらい簡単だろう。民衆はそう思ってパンを与えなかった。
「頭で働くことをはじめたかな。」と王様は尋ねた。「いいえ、まだです。しゃべっているだけです。」と人々は答えた。そのうち紳士は空腹のためによろめき、やぐらから落ちて、いやというほど頭を打ち付けた。「頭が割れそうになることもあると言っていたが本当だ。」と王様はつぶやいた。

トルストイ 「イワンのばか」より

中国製ギョーザ農薬混入騒動で日本の食糧自給率の低さに驚かされていますが、百年以上も前に、トルストイは日本に警鐘を鳴らしてくれてたのかも知れませんね。
タコの出来ない生き方を善しとしていませんか?

2008-02-09 20:10:00

2008年1月1日(火) 初心

       一月一日

       笑顔で挨拶をかわし
       小さなことにもよろこび
       嘘を言わず
       悪口も言わず
       全てのことに感謝し
       人のしあわせを祈る

       一月一日の気持ちを
       皆がみんな
       十二月三十一日まで
       持ち続けていられたら
       美しい国になる
    
             星野富弘


皆様、明けましておめでとうございます。
今年も一年、おそらくあっと言う間に過ぎてしまうのでしょうが、「初心」を忘れず過ごしたいと思います。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。

2008-01-01 08:58:00